命が芽吹く「花水」の季節

5月20日に田植えを終えて二か月半。真夏の光が田んぼを満たす8月6日。中之条町の水田に、待ちに待った最初の「走り穂」が顔を出し始めた。茎の奥深くで育まれてきた命が、葉鞘(ようしょう)を突き破って姿を現す「出穂」(しゅっすい)。稲作でもっとも神秘的で、もっとも気を遣う季節の始まりである。

朝霧が立ちのぼり、昼夜の寒暖差と名久田川、四万川の豊かな水が稲の呼吸を整える。出穂した稲は、晴れた日の午前だけに小さな花を開き、風に身を委ねて受粉という静かな儀式を行う。この営みの中で、やがて米となるデンプンが蓄えられていく。

この時期は稲にとってもっとも水を必要とする。一瞬の水切れが穂の未来を奪うため、先人たちは命の源を「花水(はなみず)」と呼び、大切に扱ってきた。冷たく澄んだ水を絶やさず張り、新しい水を入れ替えて根に酸素を送り込む。全神経を穂に集中させ、弱りやすくなった根を支えながら、秋のふくよかな実りを待つ。

中之条町の風、朝霧、谷を流れる水。そのすべてに支えられ、花水の季節は土地と稲と人が結ばれる特別な時間となる。いよいよ命を充実させる「登熟」の始まり。稲はゆっくりと秋の実りへ向かっていく。

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